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■北京オリンピック 開会式の既視感…… ■

2008/08/24 12:12

 

 

 打ち上げならぬ“デッチ上げ”花火だの、“口パク少女”だの、色々と話題に事欠かなかった北京オリンピックの開会式だが、あの中であまりメディアでは触れられていない特徴について書いておこうと思う。

 

 それは、入場する選手団の順番の事だ。

 

 実況中継のアナウンスでも何度か触れられていたように、今回の開会式では通常おこなわれているようなアルファベット順の行進ではなく、その国の国名の漢字表記の画数順に入場が行なわれた。


 漢字を使う習慣のない国の国民からしたら、いったいどういうことなのか理解できないだろう。

 また、自国の国名が中国語で(漢字で)どう表記されるかなんて、漢字文化圏でない国のほとんどの人は知らないに違いない。 

 日本人はかろうじて、自国の中国語表記(漢字表記)の頭文字『日』が4画であることを知っているが、ではドイツは何画なのか、ブラジルはどんな漢字なのか、となるともう想像もできない。


 けっきょく、お目当ての国と自国がどういう順番で入場するのか、知りえたのは事前にパンフレット等で発表を見た人に限られる事になる。

 

 だから今回の入場行進には、相当の人たちが困惑した筈だ。

 

 ところがこのやり方、つまり漢字表記の画数順という行進を、『素晴らしい』、『新しい時代が始まった』などと持ち上げる向きもあるので驚かされる。

 

http://gujin.iza.ne.jp/blog/entry/673838/

http://gujin.iza.ne.jp/blog/entry/682968/

 

 

 しかし漢字表記順の入場が素晴らしい・新しい時代の始まりだとするならば、何も入場行進だけじゃなく、もっと他のものも中国独自のやり方に変えれば良かったのに。

例えば『2008 北京オリンピック』という西暦表記。

なんで共産主義を国是とする中国が、キリスト教の創始者の生年を基準にした表記をしなければならないのか。中国革命歴”でも毛沢東歴”でも使えば良いじゃないか。

 

 ついでに言えば北京市内の道路の通行も、赤信号でストップじゃなく、赤信号で進めにした方が、社会主義国っぽくって良い

 

 

 こう書いてしまうとなんだか冗談のようだが、実を言うと中国文化大革命の一時期、本当に“中国革命歴”を採用して国民に強制し、外交文書などでもこれで押し通したことがある。

 『赤信号で進め』というのも、一部の都市で実施された事だ。

 当時はこういった無茶苦茶が“革命的”、“愛国的”、“中国的”であるとされ、中国全土で推奨されたのだ。

 

 当然、市民の生活や生産の現場は混乱する。

 

 その中でも一番、滑稽で愚かしかったのは“中国独自”の鉄鋼技術(?)である土法高炉を使った製鉄運動だろう。

 土法高炉というのは中国伝統の極めて原始的な製鉄方式で、秦だの唐だのという古代帝国の兵隊さんの鎧や剣を作っていた技術だと思えば良い。

 

 毛沢東はこの土法高炉での労働を人民に強制し、夜も寝ないで鉄作りに従事させた。

 

 旧式でエネルギー効率の悪いこの土法高炉は、燃料となる薪や石炭を大量に必要とする。このため当時、まだいささかは残っていた都市近郊の森林は、土法高炉の薪とするために大半が伐採され、今日の砂漠化黄砂被害の原因になったという。

 

 しかし、そこまで犠牲を払って進められた土法高炉だが、そもそもが原始的な方法で作られているのだから、出来上がった“鉄”が近代工業の製品に使えるはずが無い。

 

 かくして中国特有の土法高炉は、使い物にもならない金糞のような“鉄”を生産しつづけたのだ。

 

 こうした“中国独特のやり方”への拘りは後年、『左翼小児病的独善』として激しく批判される事になる。

 

 要するに毛沢東が死んで文化大革命が終った1976年当時、中国人の多くはこんな子供じみた“国威発揚”のやり方に、ホトホトうんざりしていたのだ。

 

 70年代の終わりに鄧小平が始めた改革開放経済というのはつまり、それ以前の馬鹿げた“中国的なやり方”の否定に他ならなかった。

 

 国際的なスタンダードを取り入れることによって、中国の産業はなんとか息を吹き返し、今では世界の工場と呼ばれるほどに復活を遂げたかに見えたのだが……。

 

 その中国が“百年の夢”として取り組んだ北京オリンピックの開会式でやって見せたのは、あきれたことに『中国的であること』への徹底的な拘りであった。

 

 これが文化大革命の亡霊でなくて、いったい何だというのだ。

 

しかしこれについて、中国人ばかりを責める訳にも行かない。

あの当時も日本では、中国全土で行なわれていた様々な愚行を『素晴らしい! 』、『新しい時代が始まった!! 』と持ち上げる“知識人”たちがたくさんいたのだから。

 

 

 だから私達には、今回の北京オリンピック開会式の様子が『新しい時代の始まり』などとはとうてい思えない。まるで文化大革命の亡霊が、この21世紀に蘇ったようにすら、感じられる。

多少なりとも現代中国史を学んだ人間ならば皆、恐らく同じ思いだろう。

 

 数千(数万?)人という大動員をかけて行なわれたマスゲームも、よく見れば化けそこなった忠字(注)ではないのか。本質的に、いったいどれだけの違いがあるというのか。

 

 

【注 忠字毛沢東への忠誠心を表すために、漢字の『忠』の字の形に合わせて身体をくねらせる踊り。文化大革命中に農民、市民に強制され、この踊りが下手だと革命精神が足りないと糾弾された】

 

 

カテゴリ: 世界から  > 中国・台湾    フォルダ: 中国の観察

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2008/08/25 17:10

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